gen taneichi
呑みながら思ふ、叔父の氣配と2020 意識の旅
更新日:2020年1月6日
一般的に朝から晩までアルコールを飲んでても咎められないのは今日までだよね?
別に呑みたかったら呑むんだけど、そういうことじゃなくて。僕は数年前に一度痛風になってしまったから、あの痛みや不具合を味わいたくないんだよね。そしてそれより、今後の人生において、お酒を飲めなくなってしまう身体になるのを避けたいんだ。
ちょうど去年、お酒が大好きだった叔父が70代後半で亡くなってしまった。僕の音楽業界に入るきっかけを作ってくれた人。あんなに呑むのが好きで、いつもカツオの刺身にニンニクをたっぷりと擦り下ろし、晩酌してはまた外に呑みに繰り出すような人だったのに。晩年はお酒だけでなく食べ物も自由に摂取できなかったようだ。
あんまり一緒に呑んだことがなかったのだが、呑めなくなってからも、呑むのが好きな僕に対して毎度ワインやらビールやらをお土産で持たせてくれるような、人にものすごく氣を遣う人だった。通夜には、遥々青森から駆けつけてくださったご友人がいて、初めて会った僕は、その彼と氣持ち良くお酒を交わすことができた。
あの氣配り叔父さんのことだ、間違いなく100%自分のために集まっていた皆を必死にもてなしていたことだろう。
と、僕はあの日確実に「叔父の氣配」を感じた。
近頃の僕は、そういう目に見えないものをだんだん感じられるようになってきた。
25年も音楽表現者をやっていて、はっきり言って遅いくらいだが、始めるのに遅いものは何も
ない。
もっともっと、感を研ぎ澄ませて、本質を見極めていきたい。
そのためにも毎日太陽を凝視して松果体を活性化させている。笑うなら笑えばいいさ。
だってオレは自由なのだから。

勧めてるわけではないので、自己責任でどうぞ。